大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和24年(新を)2260号 判決

被告人

堅田博文

主文

原判決を破棄する。

本件を東京簡易裁判所に差戻す。

理由

弁護人古川豊吉の控訴趣意第一点の一、二に付て。

記録を閲するに原審の第一囘公判において、裁判官が証拠調に入る旨を告げた後、検察官は昭和二十四年六月十四日附起訴状記載の各公訴事実を立証する為合計十通の証拠書類の取調を請求したが、之と別個独立には証拠により証明すべき事項の挙示を為さなかつたこと所論のとおりである。然し、刑事訴訟法第二百九十六条において証拠調については先ず検察官が証拠によつて証明すべき事項を明らかにすべきことを規定しているのは、要するに、之により其の審理手続において認定すべき事実の焦点を明確ならしめるにある。而して本件においては検察官は起訴状(追起訴状をも含む)三通に指示された公訴事実全般を以て右に所謂証拠によりて証明すべき事項となり、之を陳述すると同時に、其の立証方法として前記各証拠書類の取調を請求したものなることは、前掲公判調書の記載により明瞭であり且つ其の立証事項の簡明な点からみると、右の如く立証を要する事項の陳述と其の証拠方法の取調請求とを敢て分離せず便宜上同時に之を兼ね行うことにより関係人の利害に毫も消長を来す虞れはないから特に前記法条の趣旨に反することはなく論旨は理由がない。

(弁護人古川豊吉の控訴趣意第一点。)

原審判決は刑事訴訟法第二百九十六条の所謂検察官の冒頭陳述を欠く違法がある。

一、同条の規定に依れば検察官は「証拠調のはじめに証拠により証明すべき事実を明らかにしければならなない」と規定し起訴状の記載せられた訴因について更らに具体的に其の事実関係(事案)を明らかにし証拠によつてそれを証明する意図を陳述しなければならないと規定しあるに不拘原審記録によれば「検察官は昭和二十四年六月十四日付起訴状記載の公訴事実を立証する為め」と記載せられ其の次に単に証拠書類を列挙し(第三十三丁表)又「昭和二十四年六月二十九日付起訴状記載公訴事実及昭和二十四年七月十四日付追起訴状記載の公訴事実を夫々立証する為め」と記載せられ其の次に証拠書類を同様列挙せる(第三十三丁表)に止まり何れも検察官の冒頭陳述を為したる事実は全然無く之れを省略して寧ろ弁護人の事実の陳述(之れは随意であるが)後に行わるべき検察官の証拠調の請求(規則第一八九条)を不完全ながら之れを為したるに過ぎないものであるから刑事訴訟法第二百九十六条に違背せる不法がある。

二、仮りに百歩を譲り前記々載は検察官の冒頭陳述並に証拠調の請求を包含したものであるとしても昭和二十四年六月十日付起訴状記載の「昭和二十四年六月四日福田鶴松方より羽二重紋付外三十三点を窃取した」事実に対する部分については兎も角も昭和二十四年六月二十九日付起訴状記載の事実並に同年七月十四日付起訴状記載の「(1)昭和二十三年六月二十七日付沢口政治方より綿紗女物一枚外衣類六点等、(2)昭和二十三年六月四日高野長太郞方よりポーラー菊模様女物単衣等五点、(3)昭和二十三年六月二十三日中島政次郞方より純毛卵色毛布一枚外三枚を窃取した」三個の犯罪事実に対する冒頭陳述として単に証拠書類を雑然と列挙したのみでは所謂検事の冒頭陳述があつたものと認めることが出来ない結局原審は刑事訴訟法第二百九十六条に違反せる審理であり斯る審理に基く原審判決は違法にして当然破棄せらるべきである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例